2010年10月14日
スキー許可 ~手術6ヵ月後
・・・9月中旬
手術から6ヶ月後が経ちCT・X線撮影を含めた定期検診を受診
経過は良好で切り割って縛った骨(椎弓)も順調にくっつきはじめているとのこと
まだくっついている最中だったの~!
というのが正直なところでしたが・・・(・_・;)
手術前の症状、指先・腕の痺れは完全に消滅
ただ忘れた頃に右ひじの周辺がしくしくと痛みが出ることがあります。
もっとも手術前のいても経っても居られないようなほどの痛みではないし、長時間続くことはありません。
問題は手術したことによる後遺症
首が回しづらいのと肩や首のコリ・痛みは6ヶ月経った今でもあります。
首を左右に回すときに”メキメキ”と内部で響く感じも気持ち悪い(・。・;
先生曰く、
「痛いというのはまだ筋力がついていないということだから、どんどん積極的に動いてください!」
そうそう、そうでした!
この病院は特に問題がなければ”とにかく動け”
手術の翌朝からトイレもCT室も自分で歩かされて
あの時はベッドから身体を起こすだけで髪の毛が逆立つほど痛かった・・・
あれから半年が経ちました。
とりあえず、

次の検診は手術後1年となる半年後の経過観察で、
そこで一応の区切りとなります。
先生に質問
「12月になったらスキーに行ってたまにど派手に顔面から転びますけど
大丈夫ですか?」
先生:
「絶対大丈夫と保障はできませんけど上手に転べば大丈夫ですよ!」
そう言いながら何を書いてあるのかさっぱり理解できないカルテにはっきりと分かるよう”スキー許可”と書いてくれました。
ちょっとだけ安心
・・・ただ上手に転べるかは一切保障できませんけどね(笑)
手術から6ヶ月後が経ちCT・X線撮影を含めた定期検診を受診
経過は良好で切り割って縛った骨(椎弓)も順調にくっつきはじめているとのこと
まだくっついている最中だったの~!
というのが正直なところでしたが・・・(・_・;)
手術前の症状、指先・腕の痺れは完全に消滅
ただ忘れた頃に右ひじの周辺がしくしくと痛みが出ることがあります。
もっとも手術前のいても経っても居られないようなほどの痛みではないし、長時間続くことはありません。
問題は手術したことによる後遺症
首が回しづらいのと肩や首のコリ・痛みは6ヶ月経った今でもあります。
首を左右に回すときに”メキメキ”と内部で響く感じも気持ち悪い(・。・;
先生曰く、
「痛いというのはまだ筋力がついていないということだから、どんどん積極的に動いてください!」
そうそう、そうでした!
この病院は特に問題がなければ”とにかく動け”
手術の翌朝からトイレもCT室も自分で歩かされて
あの時はベッドから身体を起こすだけで髪の毛が逆立つほど痛かった・・・
あれから半年が経ちました。
とりあえず、
もうしばらくは湿布のお世話になることにします^^;
次の検診は手術後1年となる半年後の経過観察で、
そこで一応の区切りとなります。
先生に質問
「12月になったらスキーに行ってたまにど派手に顔面から転びますけど
大丈夫ですか?」
先生:
「絶対大丈夫と保障はできませんけど上手に転べば大丈夫ですよ!」
そう言いながら何を書いてあるのかさっぱり理解できないカルテにはっきりと分かるよう”スキー許可”と書いてくれました。
ちょっとだけ安心
・・・ただ上手に転べるかは一切保障できませんけどね(笑)
2010年07月19日
激動上半期
◇術後3ヶ月
定期経過観察としてCTスキャンとレントゲン
特に異常なし
手術前に出ていた神経症状、そして指先の痺れはほぼ解消
そろそろ軽い運動もOKとのこと。
とは言っても手術による首筋と肩のこり・痛みはまだまだきつく運動をするという気分にはなれません。(もともと運動など何もやってませんでしたが^^;)
正直なところ手術から3ヶ月も経ってここまで痛みが後をひくとは想像もしていませんでした。
という訳で

湿布140枚を処方してもらい、
次は3ヵ月後、手術からは半年後にあたる9月に検診を受ける予定です。
◇退院後の仕事
ここ2~3年では一番といえるような忙しさに直面してしまいました。
なんだか休んでないなあ~と思っていたら33日連続出勤していたり・・・
首、ちょっとおかしくなればもう一度入院できるかな~?
半ば本気でそう思い始めていました。
・・・そして


まさか自分で自分の首を切ることになるとは・・・(・_・;)
1年前には想像もしていなかったことが次々と起こる2010年です。
定期経過観察としてCTスキャンとレントゲン
特に異常なし
手術前に出ていた神経症状、そして指先の痺れはほぼ解消
そろそろ軽い運動もOKとのこと。
とは言っても手術による首筋と肩のこり・痛みはまだまだきつく運動をするという気分にはなれません。(もともと運動など何もやってませんでしたが^^;)
正直なところ手術から3ヶ月も経ってここまで痛みが後をひくとは想像もしていませんでした。
という訳で

湿布140枚を処方してもらい、
次は3ヵ月後、手術からは半年後にあたる9月に検診を受ける予定です。
◇退院後の仕事
ここ2~3年では一番といえるような忙しさに直面してしまいました。
なんだか休んでないなあ~と思っていたら33日連続出勤していたり・・・
首、ちょっとおかしくなればもう一度入院できるかな~?
半ば本気でそう思い始めていました。
・・・そして


まさか自分で自分の首を切ることになるとは・・・(・_・;)
1年前には想像もしていなかったことが次々と起こる2010年です。
2010年06月21日
ナイロンライン? ~手術2ヵ月後
仕事が一番のリハビリだと先生に言われて病院を送り出されましたが、
ちょっとだけ頑張りすぎてしまったのかもしれません。
まあ頑張ったと言ってもここ最近は能天気なお役所的労働時間会社員だったのでようやく人並みといった感じなんですが・・・
それでも手術から1ヶ月も経たないうちに力仕事まで手を出してしまい、
そのせい ・・・かどうかは分かりませんが

恐らく中心の出っ張ったこんな感じの部分

これから出てきてしまったようです。
とりあえず引張ってみると・・・
(><;)o あいたたた
抜くのは無理と判断し着替えや身体を洗うときに引っ掛かけないようひとまず絆創膏を貼っておいて数日後に病院へ
待合室で絆創膏を外しておこうと思い1人で格闘、
絆創膏の交換は嫁にやってもらってたのでひとり手探りはなかなか大変。
それに早くしないと診察に呼ばれてしまいそうなので焦りながら、ちょっと痛いのを我慢して、
汗だくになりながらなんとか絆創膏を剥がすことに成功!
ほっとして首の後ろにあるはずの糸を探ってみると・・・
もしや、 と思い
丸めてポイッとカバンに放り込んだ先ほどの絆創膏・・・

このまま帰るべきかどか迷いましたがもうそろそろ診察を呼ばれる頃
それから待つこと、待つこと、待つこと・・・・・・
これまでのレコードを大幅更新の2時間20分待ちで診察室へ(-_-;)
診察室に入り相変わらず微妙に50UPに届かない握力を測ってから、
「で、今日は?」
予定では術後3か月経ってから診断を受けるはずだった元キノコに
ちょっと微妙な笑みを見せる職人先生・・・
「あの~これ・・・」
首 ・・・じゃなくて先生と看護師さんと3人で丸まった絆創膏を覗き込む不思議な診察開始(笑)
結局これは中縫いの糸で切り離した骨(椎弓)を縛ってあるものだそうで、まあ大きな問題ではないようです。
それに僕の待合室での処置が適切だった(?)こともあって5分ほどで診察は終了
最後に先生、
僕の側頭部を探りながら・・・
「ホッチキスは抜いてある ・・・よね(^_^)」
・・・・・・やっぱりアレ、冗談じゃなかったのか?(・_・;)
それにしても出てきたこの糸、
”ナイロンライン1号”そのものという感じだったんですけど・・・
僕の首の中にはこんなのが何箇所もグルグル巻いてあるのかな?
釣りに行ってリーダー忘れたりした時、首からピロピロピロ~とライン取り出せたりしたら便利だな~!
・・・バカな事を考えながら化膿止めの軟膏をもらって帰宅しました(-_-;)
術後2ヶ月・・・
想像してた以上にまだまだ痛みが残っていました。
首と肩のコリはかなり強烈、そして首が回しづらい状況
ただ指先の痺れ、
気がついてみたら随分軽くなってきていました。
ちょっとだけ頑張りすぎてしまったのかもしれません。
まあ頑張ったと言ってもここ最近は能天気なお役所的労働時間会社員だったのでようやく人並みといった感じなんですが・・・
それでも手術から1ヶ月も経たないうちに力仕事まで手を出してしまい、
そのせい ・・・かどうかは分かりませんが

糸飛び出しちゃいました (゚∀゚;ノ)ノ
恐らく中心の出っ張ったこんな感じの部分
これから出てきてしまったようです。
とりあえず引張ってみると・・・
(><;)o あいたたた
抜くのは無理と判断し着替えや身体を洗うときに引っ掛かけないようひとまず絆創膏を貼っておいて数日後に病院へ
待合室で絆創膏を外しておこうと思い1人で格闘、
絆創膏の交換は嫁にやってもらってたのでひとり手探りはなかなか大変。
それに早くしないと診察に呼ばれてしまいそうなので焦りながら、ちょっと痛いのを我慢して、
汗だくになりながらなんとか絆創膏を剥がすことに成功!
ほっとして首の後ろにあるはずの糸を探ってみると・・・
無い!!(・・;;;;;;;;;;;;;;;
もしや、 と思い
丸めてポイッとカバンに放り込んだ先ほどの絆創膏・・・
診察室に入る前に処置完了??
(・_・;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;
(・_・;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;
このまま帰るべきかどか迷いましたがもうそろそろ診察を呼ばれる頃
それから待つこと、待つこと、待つこと・・・・・・
これまでのレコードを大幅更新の2時間20分待ちで診察室へ(-_-;)
・・・帰れば良かった
診察室に入り相変わらず微妙に50UPに届かない握力を測ってから、
「で、今日は?」
予定では術後3か月経ってから診断を受けるはずだった元キノコに
ちょっと微妙な笑みを見せる職人先生・・・
「あの~これ・・・」
首 ・・・じゃなくて先生と看護師さんと3人で丸まった絆創膏を覗き込む不思議な診察開始(笑)
結局これは中縫いの糸で切り離した骨(椎弓)を縛ってあるものだそうで、まあ大きな問題ではないようです。
それに僕の待合室での処置が適切だった(?)こともあって5分ほどで診察は終了
最後に先生、
僕の側頭部を探りながら・・・
「ホッチキスは抜いてある ・・・よね(^_^)」
・・・・・・やっぱりアレ、冗談じゃなかったのか?(・_・;)
それにしても出てきたこの糸、
”ナイロンライン1号”そのものという感じだったんですけど・・・
僕の首の中にはこんなのが何箇所もグルグル巻いてあるのかな?
釣りに行ってリーダー忘れたりした時、首からピロピロピロ~とライン取り出せたりしたら便利だな~!
・・・バカな事を考えながら化膿止めの軟膏をもらって帰宅しました(-_-;)
術後2ヶ月・・・
想像してた以上にまだまだ痛みが残っていました。
首と肩のコリはかなり強烈、そして首が回しづらい状況
ただ指先の痺れ、
気がついてみたら随分軽くなってきていました。
2010年06月03日
頚椎患者空を飛ぶ ~手術1ヵ月後
◇退院後初旅行
久々のお酒にてベッドの上に大の字
しかも場所は山口県
身体じゅうをコードで繋がれてうなされた手術の夜からちょうど1カ月後
宇部市の激安ビジネスホテルの天井を見つめてひっくり返ることになるとは思いもしませんでした。^^;
退院後は10日ほど自宅で静養
手術後の痛みは想像以上にしつこく続き退院直後とほとんど変わらない感じではありましたが、もう仕事も放置できない状況になってきたため入院から3週間後に会社復帰。
そしてその1週間後、頚椎患者を乗せANAのB767-300は山口宇部へ
2泊3日のお仕事付きプチ旅行(出張ともいう)に出ました。
久々に乗ったB767、
なんとなく印象が違うなあと思ったら


シートがすっかりスリムに・・・
すっきりとしていました。
飲み物サービスが終了してから数日が経ち、
しかもスターバックスの無料お試しコーヒーが始まる数日前という絶妙な日に乗り組んでしまった僕は・・・
※この日記は4月初旬のお話です。

千疋屋のみかんジュースに後ろ髪惹かれつつ
持参したペットボトルのお茶をすすって我慢の空の旅
周りから心配されていた飛行機は何の問題もありませんでした。
問題あるとすればそれは仕事の方・・・^^;
帰りはどんより雲を突き抜けると

空の青さに目を奪われるばかりでした。
◇術後1ヶ月検診
出張明けの2日後、半日休暇をとって病院へ
検診内容はCT・レントゲン撮影
結果は特に問題なくどんどん仕事して良いとの事。
左手の痺れは変わらず、それ以外の手術前にあった症状は消滅
ただし手術による首・肩の強烈なコリと首が左右に回し辛い状態は続いていて湿布は手放せません。
時には痛み止めの座薬を入れたりも・・・
走るのもまだちょっと無理です。
朝家を出るのが遅くなった時は、競歩みたいな感じで駅まで急ぐ
そんな毎日です^^;
久々のお酒にてベッドの上に大の字
しかも場所は山口県
身体じゅうをコードで繋がれてうなされた手術の夜からちょうど1カ月後
宇部市の激安ビジネスホテルの天井を見つめてひっくり返ることになるとは思いもしませんでした。^^;
退院後は10日ほど自宅で静養
手術後の痛みは想像以上にしつこく続き退院直後とほとんど変わらない感じではありましたが、もう仕事も放置できない状況になってきたため入院から3週間後に会社復帰。
そしてその1週間後、頚椎患者を乗せANAのB767-300は山口宇部へ
2泊3日のお仕事付きプチ旅行(出張ともいう)に出ました。
久々に乗ったB767、
なんとなく印象が違うなあと思ったら


シートがすっかりスリムに・・・
すっきりとしていました。
飲み物サービスが終了してから数日が経ち、
しかもスターバックスの無料お試しコーヒーが始まる数日前という絶妙な日に乗り組んでしまった僕は・・・
※この日記は4月初旬のお話です。

千疋屋のみかんジュースに後ろ髪惹かれつつ
持参したペットボトルのお茶をすすって我慢の空の旅
周りから心配されていた飛行機は何の問題もありませんでした。
問題あるとすればそれは仕事の方・・・^^;
帰りはどんより雲を突き抜けると
空の青さに目を奪われるばかりでした。
◇術後1ヶ月検診
出張明けの2日後、半日休暇をとって病院へ
検診内容はCT・レントゲン撮影
結果は特に問題なくどんどん仕事して良いとの事。
左手の痺れは変わらず、それ以外の手術前にあった症状は消滅
ただし手術による首・肩の強烈なコリと首が左右に回し辛い状態は続いていて湿布は手放せません。
時には痛み止めの座薬を入れたりも・・・
走るのもまだちょっと無理です。
朝家を出るのが遅くなった時は、競歩みたいな感じで駅まで急ぐ
そんな毎日です^^;
2010年05月27日
入院13日目(手術10日後)
僕が2週間暮らした病室は大部屋(7人収容中^^;)、
最初はこのプライバシーも何もないこの大部屋が嫌で嫌で・・・
何せ体温からトイレの回数から痛みの程度からご飯を残したかどうかまで
病室中に丸聞こえ・・・
座薬を入れられる場面もT字帯を逆さまに付けてしまい慌てて直してもらう時もカーテン越しの実況中継をされてしまいます^^;
嫁に差額ベッド代をお願いして少人数の部屋に移るかどうか、
ちょっと迷った時期もありました。
しかし結局、大部屋で良かったと思えるようになって来ました。
嫌でも聞こえてしまうそれぞれのベッドからの悲喜こもごもな境遇、
ちょっとしたことで2ヶ月以上の寝たきりを強いられてしまう急患さん、
些細なことで怒ったり謝ったりする方、
信念を持って手術を断り続ける方、
良くも悪くも色々考えさせられる機会となりました。
それにちょっと癖の強いおっちゃん達ばかりでしたが、
みんな出口の見えない闘病生活を必死に乗り越えようとしているわけで、多少気難しくなるのは仕方ないことかもしれません。
それは自分自身が同じように不自由な身体になってはじめて理解できたことです。
治るためにはプライバシーだの座薬拒否だのしている余裕はなく、
そのうちお尻だって簡単に差し出すようになってしまいます(*^_^*)
・・・にしても大部屋のいびきはちょっと凄かった。
いや僕も人のことは言えない可能性大ですが、24時間営業の地響き(笑)
せめて昼か夜かのどちらかだけにしてくれ~と切に願う日々でした^^;
入院最後の朝食を終え洗面所にて
きのこ先輩とご挨拶
「先輩に追いつきましたよ~!!」
きのこ先輩もこの日退院することになっていました。
退院日が追いついたことにちょっと得意げになってみたりしましたが・・・
きのこ先輩:
「何だかまだ首に何か入ってるみたいね!」と軽く一蹴
さすがは先輩です。
ぎこちない動き方の僕が無理をしているのはお見通しで、
1週間先行している先輩に本当の意味で追いつくのはまだまだ先。
そんなやりとりをしていると看護師さんが登場
「くび・くびコンビさん!!」
夜勤明けなのにいつも明るい看護師さん
手術前に迷いなく僕の頭をきのこに仕立てた張本人です。
「やっぱり早く家に帰りたい?」
そんな風に言われてしまうと妙に寂しくなって返事に詰まりますが、
それはやっぱり退院できるからこそで・・・
「元気でね!」
「何かあったら来ますのでそのときはまた面倒見てください!」
と言いかけてやっぱり縁起でもないので自粛
身支度を整えたところに義父と嫁がクルマで迎えに来てくれました。
ちょうど回診前の時間だったことや、洗面器の水をひっくり返したりする看護師さん(笑)がいたりしていつにもまして大忙しの朝、
お世話になった挨拶もろくにすることが出来ず、最後の最後にきのこ先輩にお別れが言えず少々後ろ髪引かれるドタバタ退院でした。
これで初めての入院生活は終了
まだまだ術後の痛みをずっしりと首と両肩に抱え、
右手から左手に引っ越してしまった指先の痺れも残ったままの退院でしたが、どうにか2週間の病院暮らしを乗り越えられました。
この後、きのこ頭をニット帽で隠し地下街を歩いてみましたが
久々の街中は人が多すぎて・・・
当然周りの人々は僕が手術したばかりなどとは知らないわけで、
ぶつかるんじゃないかと必要以上に気になります。
そして帰宅、
自宅はやっぱり最高です。
人目を気にすることはなく、なに不自由なく過せます。
いびきの発生源は自分だけです^^;
自宅に戻った直後、
嫁がすぐに外出してしまい独りきりとなってしまったのですが・・・
これがとても心細い!
あの嫌だった大部屋でのわがままおっちゃんとそれをたしなめる看護師さんとのやり取りが妙に懐かしく感じてしまいました。
そんなわけで・・・
僕の迷いもクビもバッサリと斬ってくれた先生
個性豊かで気難しいおっちゃんを軽くあしらう看護師さん達
貴重な休日の時間を割いて見舞ってくれた方々
手術・入院のことを完璧に忘れていた^^;実家一同
心配のメールしてくれた方々
そして、
雨の日も季節はずれの吹雪の日も一日も欠かさず病院に通ってくれた嫁
本当に感謝です。
最後にこの入院日記を見て下さった同じ症状の方
メールを下さった方
辛い病状を抱え不安と迷いの毎日かと思います。
アドバイスできるようなことは何もありませんが、
くび仲間として心より応援申し上げます。
苦しんだ分はいつの日か必ず取り戻しましょうね!
最初はこのプライバシーも何もないこの大部屋が嫌で嫌で・・・
何せ体温からトイレの回数から痛みの程度からご飯を残したかどうかまで
病室中に丸聞こえ・・・
座薬を入れられる場面もT字帯を逆さまに付けてしまい慌てて直してもらう時もカーテン越しの実況中継をされてしまいます^^;
嫁に差額ベッド代をお願いして少人数の部屋に移るかどうか、
ちょっと迷った時期もありました。
しかし結局、大部屋で良かったと思えるようになって来ました。
嫌でも聞こえてしまうそれぞれのベッドからの悲喜こもごもな境遇、
ちょっとしたことで2ヶ月以上の寝たきりを強いられてしまう急患さん、
些細なことで怒ったり謝ったりする方、
信念を持って手術を断り続ける方、
良くも悪くも色々考えさせられる機会となりました。
それにちょっと癖の強いおっちゃん達ばかりでしたが、
みんな出口の見えない闘病生活を必死に乗り越えようとしているわけで、多少気難しくなるのは仕方ないことかもしれません。
それは自分自身が同じように不自由な身体になってはじめて理解できたことです。
治るためにはプライバシーだの座薬拒否だのしている余裕はなく、
そのうちお尻だって簡単に差し出すようになってしまいます(*^_^*)
・・・にしても大部屋のいびきはちょっと凄かった。
いや僕も人のことは言えない可能性大ですが、24時間営業の地響き(笑)
せめて昼か夜かのどちらかだけにしてくれ~と切に願う日々でした^^;
入院最後の朝食を終え洗面所にて
きのこ先輩とご挨拶
「先輩に追いつきましたよ~!!」
きのこ先輩もこの日退院することになっていました。
退院日が追いついたことにちょっと得意げになってみたりしましたが・・・
きのこ先輩:
「何だかまだ首に何か入ってるみたいね!」と軽く一蹴
さすがは先輩です。
ぎこちない動き方の僕が無理をしているのはお見通しで、
1週間先行している先輩に本当の意味で追いつくのはまだまだ先。
そんなやりとりをしていると看護師さんが登場
「くび・くびコンビさん!!」
夜勤明けなのにいつも明るい看護師さん
手術前に迷いなく僕の頭をきのこに仕立てた張本人です。
「やっぱり早く家に帰りたい?」
そんな風に言われてしまうと妙に寂しくなって返事に詰まりますが、
それはやっぱり退院できるからこそで・・・
「元気でね!」
「何かあったら来ますのでそのときはまた面倒見てください!」
と言いかけてやっぱり縁起でもないので自粛
身支度を整えたところに義父と嫁がクルマで迎えに来てくれました。
ちょうど回診前の時間だったことや、洗面器の水をひっくり返したりする看護師さん(笑)がいたりしていつにもまして大忙しの朝、
お世話になった挨拶もろくにすることが出来ず、最後の最後にきのこ先輩にお別れが言えず少々後ろ髪引かれるドタバタ退院でした。
これで初めての入院生活は終了
まだまだ術後の痛みをずっしりと首と両肩に抱え、
右手から左手に引っ越してしまった指先の痺れも残ったままの退院でしたが、どうにか2週間の病院暮らしを乗り越えられました。
この後、きのこ頭をニット帽で隠し地下街を歩いてみましたが
久々の街中は人が多すぎて・・・
当然周りの人々は僕が手術したばかりなどとは知らないわけで、
ぶつかるんじゃないかと必要以上に気になります。
そして帰宅、
自宅はやっぱり最高です。
人目を気にすることはなく、なに不自由なく過せます。
いびきの発生源は自分だけです^^;
自宅に戻った直後、
嫁がすぐに外出してしまい独りきりとなってしまったのですが・・・
これがとても心細い!
あの嫌だった大部屋でのわがままおっちゃんとそれをたしなめる看護師さんとのやり取りが妙に懐かしく感じてしまいました。
そんなわけで・・・
僕の迷いもクビもバッサリと斬ってくれた先生
個性豊かで気難しいおっちゃんを軽くあしらう看護師さん達
貴重な休日の時間を割いて見舞ってくれた方々
手術・入院のことを完璧に忘れていた^^;実家一同
心配のメールしてくれた方々
そして、
雨の日も季節はずれの吹雪の日も一日も欠かさず病院に通ってくれた嫁
本当に感謝です。
最後にこの入院日記を見て下さった同じ症状の方
メールを下さった方
辛い病状を抱え不安と迷いの毎日かと思います。
アドバイスできるようなことは何もありませんが、
くび仲間として心より応援申し上げます。
苦しんだ分はいつの日か必ず取り戻しましょうね!